共同製本について

ご挨拶

当社は1911年(明治44年)に東京・小石川の地で創業以来、本業に資源を集中すると同時に、絶え間ない技術革新・設備投資そして人材開発に力を入れ、お客様のご要望に安定的にお応えして参りました。

紙の本や紙製品は時代の流れとともに数多あるメディアの選択肢の一つとなりましたが、生活スタイルが多様化する中、まだまだ他の素材と組合せたり、あるいは見せ方を変えることで新たな感動を創出する可能性を秘めるものと確信しております。

これまでお客様と共に培ってきたノウハウをベースに、ただご指示の通りに切る、折る、貼る、束ねる、綴じる、納めるだけではない、開き易い、壊れにくい、好きなページだけ外れる、寒暑に強い、など様々な企画に応じた造本サービスで、さらなる感性価値の表現をお手伝いさせていただきます。

まだ形になる前の企画の段階からご相談いただけば、よりコスト削減に有利な生産効率の良い面付設計から、さらなる品質向上に役立つ一工夫など、豊富な引き出しからご提案させていただきます。

一歩踏み込んだ製本サービスでこれからもお役に立てますよう社員一同邁進して参りますので皆さまには引き続きご愛顧賜りますようどうぞよろしくお願いいたします。

代表取締役 金子 誉

会社概要

商号
共同製本 株式会社
創業
1911年(明治44年)6月9日
本社所在地
〒112-0005 東京都文京区水道2-1-1
業務内容
●雑誌・書籍・教科書・絵本・カタログ・などの製本
●カレンダー・メモ帳など紙製品の製本加工
およびこれらに付随する業務
代表者
代表取締役 金子 誉
事業所
本社
112-0005 東京都文京区水道2-1-1

板橋工場(連携)
〒175-0081  
東京都板橋区新河岸1丁目1番1号 高砂鐵工内A棟

嵐山工場(連携
〒355-0204  
埼玉県比企郡嵐山町花見台3番1
加入団体
東京都製本工業組合 文京支部
取得認証
SAPPS(製本産業個人情報保護体制)

沿革

1911年6月
(明治44年)
初代社長 金子福松が博文館製本所の管理を委託され創業。
1923年9月
(大正12年)
関東大震災に遭うも工場の被害は少なく製本作業に邁進。
1928年6月
(昭和03年)
合資会社 共同印刷製本部となる。
1933年4月
(昭和08年)
東京・小石川に鉄筋コンクリート三階建て、延べ1500坪の社屋完成。株式会社 共同印刷製本部となる。
1945年5月
(昭和20年)
東京大空襲で工場全消失。終戦と同時に復興に着手。
1957年7月
(昭和32年)
現在の共同製本 株式会社に改称。
1969年9月
(昭和44年)
近代化5ヵ年計画の一環として社屋増設。
コルブス上製本直結自動ライン導入。(工場、埼玉移転時に廃棄)
1975年8月
(昭和50年)
雑誌製本工程を完全ライン化。
社内物流機械設備の自動化により従業員数を25%削減。
1985年6月
(昭和60年)
工場を現在の埼玉県さいたま市に移転、無線綴全自動ライン5ライン体制の基幹工場として稼動。
同時に本社も旧社屋の向かい側の自社ビルに移転。
1999年5月
(平成11年)
埼玉県戸田市に戸田工場を設立。
教科書・コミックスラインをはじめ、厚物中綴ライン、正・逆中綴ラインを順次追加。
2008年4月
(平成20年)
製本産業個人情報保護体制(SAPPS)認定取得。
2009年1月
(平成21年)
株式会社 東配の株式を全数取得し完全子会社化。
2011年6月
(平成23年)
創業100周年
2023年12月
(令和5年)
株式会社東配を吸収合併(存続会社 共同製本)
2024年2月
(令和6年)
成旺印刷株式会社を吸収合併し日本創発グループの連結子会社となる(存続会社 共同製本)
2024年6月
(令和6年)
本社を埼玉県さいたま市から千代田区神田神保町へ移転
2024年7月
(令和6年)
飯島製本(株)嵐山工場と東京営業部を吸収分割により承継
2025年7月
(令和7年)
グループ内で株式会社美松堂を吸収合併すると同時に商号を株式会社美松堂へ変更、別途共同製本株式会社を設立

アクセス

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本社

〒112-0005
東京都文京区水道2-1-1

板橋工場(連携)

〒175-0081
東京都板橋区新河岸1-1-1
高砂鐵工内A棟

嵐山工場(連携)

〒355-0204
埼玉県比企郡嵐山町花見台3番1